【ミラノ・コルティナ】「イタリアであってイタリアでない」南チロル・アンテルセルヴァの正体─なぜテニス王者はドイツ語を話すのか?

Family enjoying South Tyrolean cuisine featuring Knödel dumplings and Speck 2026 ミラノ・コルティナ
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2026年ミラノ・コルティナ五輪でバイアスロン会場となるのは、南チロルの街アンテルセルヴァ(Anterselva)です。

地図では間違いなくイタリアです。しかし、現地を訪れると奇妙な光景を目にします。

  • 標識の一番上にある文字はドイツ語のAntholz(アントルツ)
  • レストランのメニューはパスタではなくクヌーデル(団子)とソーセージ

そして、イタリア代表のジャージを着たコーチが、選手にドイツ語で激を飛ばします。

また、アンテルセルヴァ出身のイタリアの国民的英雄、テニス世界王者のヤニック・シナー(Jannik Sinner)も、母語はドイツ語です。

なぜ、イタリア人の彼らがドイツ語を話すのか?その背景に、知られざる流血の歴史と、それ故に生まれた最強のスポーツ遺伝子がありました。

ー ヤニック・シナー愛用モデル

地図から消された「チロル」の悲劇

この地域は正式名称を南チロル(Südtirol)、イタリア語でアルト・アディジェ(Alto Adige)と呼びます。

もともとはオーストリア・ハンガリー帝国の領土でしたが、第一次世界大戦後、1919年のサン=ジェルマン条約でイタリアに割譲されました。

south-tirol
南チロル地方の位置

地下室で守られた言葉

悲劇が始まったのは、ファシズムの時代のムッソリーニ政権下です。徹底的なイタリア化政策が行われました。

地名は無理やりイタリア語に書き換えられ、学校でのドイツ語教育は禁止。公の場でドイツ語を話すことも弾圧されました。

しかし、住民は屈しませんでした。彼らは秘密の地下教室・カタコンベ学校を開き、子供たちにドイツ語を教え続けました。

1960年代には「火の夜」と呼ばれる爆弾闘争まで起きましたが、長い対話の末に、現在では世界で最も高度な自治権を獲得します。イタリアでありながら、ドイツ語文化を守り抜いたのです。

「シナー」を生んだハイブリッドな強さ

人口わずか53万人のこの自治州は、冬季五輪におけるイタリアのメダルの多くを稼ぎ出す、超強豪エリアです。

その強さの秘密は、歴史が生んだハイブリッドな気質にあります。

北の規律 × 南の情熱=南チロルの強さ

現地のスポーツ関係者はこう語ります。

我々は、ゲルマンの『規律・計画性』と、ラテンの『情熱・創造性』の両方を持っている

テニスのヤニック・シナーは、幼少期はイタリア屈指のスキー王者でした。彼のプレーに見られる「冷徹なまでの戦術眼」と「ここ一番での爆発力」は、まさに南チロルの歴史が生んだ産物です。

また、バイアスロンの女王ドロテア・ウィーラーなど、多くの選手が軍警察(カラビニエリ)などのスポーツ部門に所属し、引退後のセカンドキャリアの見通しもある状態で、国家公務員として競技に専念できる環境も、この地域の強さを支えています。

五輪会場「アンテルセルヴァ」の熱狂

硬くなったパンを団子にし、スープを浸して食べるクノーデルは、南チロルの伝統的な料理だ
硬くなったパンを団子にし、スープを浸して食べるクノーデルは、南チロルの伝統的な料理だ

バイアスロンの聖地、アンテルセルヴァ(アントルツ)は、この南チロル文化が凝縮された場所です。

谷の奥深くにあるこの会場ですが、それでも標高1,600mの高地にあり、酸素が薄い過酷な環境。しかし、大会期間中はビールと音楽を愛する数万人のファンで埋め尽くされます。

ここでは観客もバイリンガルです。イタリアの国旗を振りながら、ドイツの民謡を歌います。

「イタリアであってイタリアでない」その不思議な空気感が、この会場の最大の魅力なのです。

国境が生んだ第三のアイデンティティ

南チロルの人々は、自分たちを「イタリア人」とも「オーストリア人」とも言わず、「南チロル人」(Südtiroler)と呼びます。

2026年、アンテルセルヴァの表彰台にイタリア国歌が流れたら、選手が口ずさむ言葉に注目してください。

そこには、大国に翻弄されながらも、自分たちの文化と誇りを守り抜いた、山の人々の魂が込められているはずです。

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