2026年2月6日、ミラノ・コルティナ大会の開会式。
舞台は、サッカーファンならずともその名を知るミラノのスタジアム「サン・シーロ」。
ACミランとインテルという世界的クラブの本拠地で、「サッカーのスカラ座」とも称されますが、今、このスタジアムは大きな岐路に立たされています。
老朽化による建て替えの構想があり、現在の姿で世界的なイベントを迎えるのは、ミラノ・コルティナオリンピックが最後になるかもしれません。
なぜ、サン・シーロは姿を消そうとしているのか。その背景と、開会式での注目ポイントを解説します。
ここは「カルチョのスカラ座」
サン・シーロと聞いて多くの人が思い浮かべるのは、スタジアムを囲む巨大な円筒形の螺旋通路と、その上に乗る赤い鉄骨の屋根でしょう。
実はこれは最初からあったわけではありません。
1926年の開業時はもっとシンプルな形でしたが、1990年のイタリアワールドカップ開催に合わせて大規模な改修が行われ、現在の要塞のような独特のフォルムが完成しました。
コンクリートの量感を強調したその姿は、機能美と迫力を兼ね備えた、20世紀後半のイタリア建築を代表するデザインとして親しまれています。
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老朽化とともに70年の歴史と訣別するか?
しかし、増築から30年以上が経過し、老朽化は避けられない問題になっています。
現在、ACミランとインテルのクラブは、収益性の高い最新鋭のスタジアムへの建て替えと移転を計画しており、サン・シーロは一部保存か完全解体か、激しい議論のまっただなかにあります。

現代のビジネスモデルに対応した、高収益な新スタジアムが必要だ。
老朽化したサン・シーロではビジネスが難しい。

歴史的・文化的価値のあるサンシーロを壊してはいけない。
大規模施設の建て替えでありがちな、歴史的遺産の議論。完全解体か、一部をモニュメントとして残すのか、議論は二転三転していますが、少なくとも現在のサン・シーロが見られる時間は、あまり残されていません。
サン・シーロの歴史は、ミランとインテルの歴史です。現地観戦の準備や、今のエンブレムが入った記念ユニフォームなどが購入可能です。
サン・シーロはテレビの幕開けと終焉を見届ける?
テレビ中継は1956年のコルティナで始まった
1956年の冬季大会も、コルティナで開催されました。
1956年のコルティナ大会は、オリンピックが初めて生中継された大会です。
それから70年を経て、テレビ放送とともに商業化・巨大化したスポーツイベントは、インターネット配信の普及や、サステナビリティ(持続可能型社会)へのシフトにより、再び姿を変えようとしています。
サン・シーロとともに、「巨大な箱物を作って、壊す」というスタイルそのものが消えるのかもしれません。
開会式は「サン・シーロのレクイエム」
2026年の開会式をご覧になるときは、ぜひ選手だけでなく、サン・シーロの構造にも目を向けてみてください。
特徴的な螺旋通路や、威圧感を感じる屋根の鉄骨など。一つひとつが、歴史を見守ってきた無言の証人です。しかも、数年後には取り壊されているかもしれません。
「これで見納めかもしれない」と思って見ていると、華やかな祭典が、少し違った風景に見えてきます。
サン・シーロは、その最後の威容を世界に見せつけるために、オリンピックという最高の花道を選んだのかもしれません。

閉会式は、サン・シーロではなく、北部のヴェローナで開催されます。
開会式が、オリンピックでサン・シーロの黄昏を見る最初で最後の機会です。
👉️ ミラノへ行って現地観戦する
ミラノとコルティナは、車で5時間以上、しかも直結の鉄路はありません。
どうして分散開催するの?現地観戦はどうする?
分散開催の真実と対策をこちらの記事でお伝えします。




