2026年2月に開催されたミラノ・コルティナ冬季オリンピックで、日本のフィギュアスケート界は、歴史的快挙を成し遂げました。
それは、男女シングル、ペア、団体戦全種目でのメダル獲得です。
6個のメダルはフィギュアスケート参加国で最多で、世界に日本の総合力を証明しました。
この記事では、ミラノの氷上のドラマを振り返りつつ、日本が「女子シングル頼み」から、「オールラウンドの強豪国」へと進化した軌跡を振り返り、今後を展望します。
ミラノの氷上で輝いた6つのメダル
日本代表は、ミラノのあらゆるカテゴリーで世界に誇る成果を残しました。
ペア史上初の金メダルと歴代最高得点
最も劇的だったのがペア競技です。(りくりゅうペアの演技は1:28:43~・金メダル決定の瞬間は2:19:05~)
「りくりゅう」こと三浦璃来・木原龍一ペアは、ショートプログラムではミスで5位と出遅れましたが、フリーでは世界歴代最高得点となる158.13点を叩き出し、合計231.24点で日本ペア史上初となるオリンピック金メダルを獲得しました。
ショートプログラム後の失意と、フリー後の歓喜の姿は、長く記憶に留まるでしょう。
男女シングルのダブル表彰台
男子シングルでは、鍵山優真選手が銀メダル、佐藤駿選手がショート9位からの大逆転で銅メダルを獲得し、幼馴染の2人が感動的なダブル表彰台を実現しました。
女子シングルでも、坂本花織選手が銀メダル、17歳の中井亜美選手が銅メダルに輝き、日本女子五輪史上初となるダブル表彰台となりました。
結束力が生んだ団体戦銀メダル
団体戦では、アメリカにわずか1点差に迫る銀メダルを獲得しました。
個人戦にも出場する三浦・木原ペアや坂本選手が、連戦で個人戦に疲労が残るリスクがあったにもかかわらず、ショートとフリーの両方に出場しました。
チームが結束し、一丸となった成果です。
「シングル頼み」の歴史
これまで、日本のフィギュアスケート界は、「一人の天才」に頼る構造が長く続いていました。
女子シングル頼みの90~00年代
1990年代から2000年代のフィギュアスケートのメダルは2個。女子シングルというたった一つの競技で、その時代の天才が孤軍奮闘してつかみ取ったものでした。
- 1992年アルベールビル大会でトリプルアクセルに挑んだ伊藤みどり選手の銀メダル
- 2006年トリノ大会で荒川静香選手がイナバウアーを魅せた金メダル
光り輝く2つの星といえるでしょう。
当時の日本は、ペアやアイスダンスでは強豪欧米やロシアに阻まれ、オリンピックの出場枠を取ることはできませんでした。
男子シングルが飛躍した2010年代
2010年代になり、状況が少し変化します。ここから男子シングルの飛躍が始まります。
- 2010年バンクーバー大会、浅田真央選手トリプルアクセルを武器に銀メダルを獲得
- 同じく、高橋大輔選手の銅メダル獲得
- 2014年ソチ大会・2018年平昌大会で、羽生結弦選手による歴史的な連覇
- 2018年平昌大会で、宇野昌磨選手の銀メダル獲得
確かに「星」は増えました。
しかしなお、特定の選手の突出した才能と並外れた努力に依存する「シングル頼み」の構造のままでした。
北京で始まった新ステージ、そしてミラノの飛躍
「シングル頼み」から新たなステージに入ったのが、2022年の北京大会です。
鍵山優真選手(銀)、宇野昌磨選手(銅)、坂本花織選手(銅)という男女シングルの活躍に加え、団体戦で初のメダルを獲得しました。三浦璃来・木原龍一ペアらカップル競技の底上げが、チームの総合力を押し上げた瞬間でした。
「星」は北京で「星座」になりました。
そして、「少数の個人への依存」から「組織の総合力」への構造改革が実を結んだのが、2026年のミラノ・コルティナ大会での「全種目メダル獲得」でした。
ついに、「星座」は「銀河」へと飛躍を遂げます。
これは偶然の産物ではなく、日本スケート連盟の長期的な強化ビジョンと、育成環境の高度化がもたらした必然でした。
「氷上の総合商社」への道
カップル競技の強化
オリンピックの団体戦が始まり、日本スケート連盟はカップル競技の強化の必要性を痛感します。連盟は「パートナートライアウト」というイベントを定期的に実施していきました。
- カップル競技の体験。シングルの選手も参加し、カップル競技の適性を見出されて転向する転機になる。
- カップルのマッチング。実際に手をつないで滑り、体格やスケーティングの相性を確認する。
有望なペアには、結成直後から海外の有力なコーチの指導を受けさせ、世界最高峰のトレーニング環境と、芸術性の向上を図る取り組みも継続していきました。
育成環境の高度化
育成環境も大きな進歩を遂げました。京都の「木下アカデミー」に代表される強力な育成組織が定着しています。
ここでは、通年で利用できる国際規格のリンクが整備されています。選手はリンク不足に悩んだり、リンクの予約に奔走する必要がなくなり、季節や時間を問わず、質の高いスケーティングやジャンプの練習を積めるようになりました。
また、科学的トレーニングも実践しています。
経験と勘ではなく、科学やデータに基づき計画的にトレーニングする。
闇雲に猛練習するのではなく、計画的にリカバリーする。
大舞台に合わせて心身をピーキングする。
このような取り組みも、選手の実力を着実に強化していきました。
現地特設拠点が生んだ「チームジャパン」の絆
ミラノ・コルティナ大会では、イタリア・ヴァレーゼ市に設置した特設拠点が大きな役割を果たしました。
- 専門スタッフによる細やかなコンディショニング
- 味の素社による「勝ち飯」提供 … 徹底した栄養サポート
- リラックスルームなどで選手同士のコミュニケーションを促進
この拠点では疲労回復やメンタルケアまで選手と包括的にサポートし、「Team Japan」の強い連帯感が育まれました。

世界の絶賛と、2030年へ向けた「銀色の悔しさ」
日本が世界を席巻したミラノ・コルティナは、次の戦いへのモチベーションを生み出す場にもなりました。
海外メディアが称賛した日本の総合力
日本の躍進に対し、海外メディアからも惜しみない賛辞が送られました。
その歴史において、最も層が厚く、最も完全なパフォーマンスだった
韓国『コリア・ジュンアン・デイリー』
日本のペアが王と女王を玉座から引きずり下ろした
プエルトリコ『サンファン・デイリー・スター』
(りくりゅうペアの金メダルを評して)
頂点に届かなかった「銀色の無念」
一方で、頂点にあと一歩届かず「勝ちきれなかった悔しさ」を味わった選手も続出しました。
- アメリカに逆転叶わず1点差で敗れた団体戦の銀メダル
- 男子シングルの鍵山選手の銀メダル
- そして、金メダルを絶対目標としながら痛恨のミスで「終わった」と涙を流した女子シングルの坂本選手の銀メダル…
日本スケート連盟は、この無念が次世代の起爆剤になると期待しています。
坂本選手や木原選手は、すでに将来の指導者として次世代を育成する道を見据えています。ミラノの氷上で活躍した選手が、次の金メダリストを育成する。新しいエコシステムが始まっています。

